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横浜地方裁判所横須賀支部 昭和34年(わ)170号 判決 1960年8月16日

被告人 前田徳味

大五・九・一三生 木舞業

主文

被告人を罰金弐万円に処する。

右の罰金を完納することができないときは、金弐百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三十四年四月三十日施行された横須賀市議会議員選挙に際し立候補当選した宮崎正義の選挙運動者であるが、右宮崎正義に当選を得しめる目的をもつて、その投票日の前日である昭和三十四年四月二十九日

一、午後八時頃選挙人である横須賀市追浜本町一丁目七十一番地瀬戸清治方を、

二、同時刻頃選挙人である同町一丁目八十二番地加藤ミネ方を、

三、午後八時三十分頃選挙人である同町一丁目七十番地山口美江子方を、

四、午後八時三、四十分頃選挙人である同町一丁目七十番地広野リウ方を、

五、午後九時三十分頃選挙人である同町一丁目八十七番地田中スエ方を

戸別に訪問し、それぞれ同人等に対し、右選挙に立候補した笹田万蔵候補は選挙違反をして警察に連れて行かれたから、そんな人に投票しても無駄だから、自分達の推している宮崎正義候補によろしくたのみます旨虚偽の事実を申し向け、もつて不正の方法をもつて選挙の自由を妨害したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

これを法律に照すに、被告人の判示所為中戸別訪問の点は公職選挙法第二百三十九条第三号に、選挙の自由妨害の点は各同法第二百二十五条第二号に該当するところ、右は互いに手段結果の関係があるから、刑法第五十四条第一項後段第十条を適用して重い後者の罪(判示五)の刑に従い、その犯情にかんがみ所定刑中罰金刑を選択し、その所定罰金額の範囲内において被告人を罰金弐万円に処し、同法第十八条により、右の罰金を完納することができないときは金弐百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置すべきものとし、訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り、全部これを被告人に負担させるものとする。

(当時被告人は真実「笹田万蔵候補が選挙違反のため警察に連行された」と信じていて、その虚偽であることを知らなかつたのであるから、選挙の自由を妨害する罪の犯意を欠き、同罪の成立を阻却する。との弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は前記選挙投票日の前日である昭和三十四年四月二十九日午後二時か三時頃、横須賀市追浜本町一丁目三十三番地馬渕医院に設置されていた笹田万蔵候補の選挙事務所の前を通りかかつたところ、そこに多勢の人だかりがしていて、「笹田さんが連れて行かれた」というひそひそ話をしているのを聞き、これは笹田万蔵候補が選挙違反のかどで警察に連れて行かれたと思いこみ、真実そのように信じ、そのことが真実に反すること、すなわち、虚偽であることを、知らなかつたのであるから、選挙の自由を妨害する罪の成立に必要な犯意を欠いているので、被告人の判示所為は同罪の成立を阻却するものである。と主張する。

よつて、案ずるに、前記選挙投票日の前日である昭和三十四年四月二十九日午後二時頃、横須賀市追浜本町一丁目三十三番地馬渕医院に設置されていた同市議会議員候補者笹田万蔵の選挙事務所に、酔余白井徳蔵が立ち入り、「菓子を持つて来い」、「ライスカレーを持つて来い」などと要求し、同事務所にいた岡本幸三が退去を求めても応じなかつたので、同日午後二時三十分頃同事務所にいた者が所轄田浦警察署にその旨通報したところ、同警察署追浜駅前巡査派出所勤務の巡査伊藤四平が右現場に急行して、右白井徳蔵に退去を求めたが、同人はこれに応ぜず、矢庭に同巡査に対し、その着用している制服のネクタイをつかみ同巡査を押しかえすなどの暴行を加えて、同巡査の公務の執行を妨害したので、同巡査は同日午後二時四十分頃同所において右白井徳蔵を公務執行妨害等の現行犯人と認めてこれを逮捕し、これに手錠を施して同警察署に連行したが、当時右選挙事務所附近の道路には、相当多勢の人だかりがしていたことは、証人伊藤四平、岡本幸三、笹田万蔵の各当公判廷における供述、証人鈴木浅吉、石川東三に対する各尋問調書、当裁判所のした検証調書、昭和三十四年五月一日附田浦警察署司法警察員警視川口信夫作成の被疑者白井徳蔵に対する選挙の自由妨害並びに公務執行妨害被疑事件の送致書、田中美佐子、鈴木浅吉、岡本幸三の各司法警察員に対する供述調書、司法巡査伊藤四平作成の被疑者白井徳蔵に対する公職選挙法違反公務執行妨害現行犯人逮捕手続書、被疑者白井徳蔵の同被疑事件の弁解録取書、同人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書などによつて明らかであり、右の事実に、前記証人石川東三に対する尋問調書、証人石井喜美子、佐藤君子、依田治男の各当公判廷における供述及び被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書を綜合すれば、前記選挙事務所附近の人だかりは、その後しばらくたち消えなかつたが、そのうちに、その人だかりの中に、その直前同所から前記の如く白井徳蔵が警察官に連行されたのを、候補者笹田万蔵が同所から警察官に連行されたと誤認して、「笹田さんが連れて行かれた(?)」と、ひそひそ、立ち話をする者があり、たまたま、そこを通りかかつた被告人がそれを聞知するに至つたこと。及び、被告人は、かねてから日蓮正宗創価学会に入心し、当時同学会の追浜地区の班長をしていたものであるが、前記同市議会議員選挙に当り同学会の文京支部幹事である宮崎正義が立候補していたので、被告人の如き同学会の会員は、いずれも同候補の当選を庶幾していたが、被告人方の近隣から立候補した前記笹田万蔵またはその選挙運動者が、かねてから選挙人方を戸別に訪問して金品を配つているとの噂を聞き、これに反感をいだいていたので、右のような立ち話を聞き、被告人は「候補者笹田万蔵が選挙違反のかどで警察に連行された」と誤信するに至つたものであることが認められる。(なお、当時「笹田万蔵が警察官に連行された」との事実が、真実に反するものであることは、証人笹田万蔵の当公判廷における供述によつて明らかである。)

そうして、前記「罪となるべき事実」認定の証拠として挙示した各証拠によれば、被告人は同夜前記各選挙人瀬戸清治等五名方を戸別に訪問して、それぞれ同人等に対し、「笹田万蔵候補は選挙違反をして警察に連れて行かれたから、そんな人に投票しても無駄だから、自分達の推している宮崎正義候補によろしくたのみます」旨を申し向けたことが認められるのであつて、このような一連の意味内容を有することを、しかも、選挙投票日の前夜、選挙人方を戸別に訪問して選挙人に申し向けるが如きことは、これを聞いたその選挙人に、往々誤解をいだかせ、選挙に当りその議員候補者選択の範囲を不当に制限する結果を招来するおそれがあるものであつて、その選挙の自由を妨害するものといわなければならない。そして、たとえ、当時被告人が笹田万蔵候補が警察に連行された」との事実が真実であると誤信していたにもせよ、また、仮りに、当時事実「同候補が選挙違反のかどで警察に連行されていた」にもせよ、わが公職選挙法上議員候補者が選挙違反のかどで警察に連行された事実のみでは、その候補者に対してなされた投票または当該候補者の当選は、必ずしも当然無駄(ないし無効)になるものでもないのであるから、かようなことを一般の選挙人に、さも真実げに、申し向けるが如きことは、これを聞いた選挙人に、その旨の誤解をいだかせ、ひいては、選挙に当りその議員候補者選択の範囲をせばめさせて、不当にこれを制限する結果を招来するおそれがあるものであつて、その選挙の自由を妨害するものといわなければならない。

思うに、公職選挙法第二百二十五条第二号所定の「選挙の自由を妨害する罪」は、公選による選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明かつ適正に行われることを確保するために規定されたものであつて、同罪は「ヽヽヽヽ不正の方法をもつて選挙の自由を妨害」するによつて成立するものである。したがつて、同罪が成立するためには、「選挙の自由を妨害」した行為があり、かつその行為が「不正の方法」をもつて行われたことを必要とする。そして、同罪の成立に必要な犯意が成立するためには、まず、行為者が、当該(一)行為自体、(二)その行為が不正の方法をもつて行われるものであること、及び、(三)その行為が選挙の自由を妨害する結果を発生するものであること、のすべてを、すなわち、同罪の構成要件に該当する客観的事実の全部を表象(その現在の事実については認識、将来の事実については予見)し、かつその行為のもつ意味内容を認識し、その結果の発生を認容し(てその行為に出で)たことを必要とするが、同罪の構成要件の範囲内で個々の具体的な事実、または当該行為に内包される同罪の構成要件に該当しない個々の具体的な事実まで表象することを必要としない。したがつて、かかる事実については、たとえ錯誤があつても、同罪の犯意を阻却しないと解すべきである。けだし、同一構成要件の範囲内で個々の具体的な事実、または構成要件に該当しない個々の具体的な事実について錯誤があつても、行為者が構成要件に該当する客観的事実(の全部)を表象した以上、行為者はその構成要件的評価を受ける事実を表象しているのであるから、行為者が発生した事実についての規範の問題を与えられていた点に変りはなく、そこに、行為者の直接的な反規範的人格態度を認めることができるからである。

これを本件についてみるに、被告人は、前記の如く、前記日時場所において、それぞれ前記各選挙人等に対し、(1)「笹田万蔵候補は選挙違反をして警察に連れて行かれた」から、(2)「そんな人に投票しても無駄だから、自分達の推している宮崎正義候補によろしくたのみます」旨を申し向けたのであるから、被告人は、右(1)及び(2)を各選挙人に申し向けたその(一)行為自体、及び(二)その行為が「不正の方法」をもつて行われるものであること、並びに(三)その行為が「選挙の自由を妨害する結果を発生するものであること、また、(四)その行為のもつ意味内容を、ともに十分表象(認識、予見)し、あえて、その結果の発生を認容し(て右の行為に出で)たものである(犯意成立)と認むべきであつて、たとえ、当時被告人が真実右「笹田万蔵候補が選挙違反のかどで警察に連行されたと誤信していても、該事実は、本件選挙の自由を妨害する罪の構成要件に該当する客観的事実ではないから、同罪の犯意を阻却しない。しかも、被告人は、当時「笹田万蔵候補が選挙違反のかどで警察に連行された」との事実を、選挙人に流布すれば、当該議員候補者である笹田万蔵が同選挙の得票の上において多大の影響を(不利益に)受けるであろうこと、及び、右の事実を聞知した選挙人が選挙に当りその議員候補者の選択上前記の如くその意思決定に少なからずその影響を受けるであろうことを、十分了知していたものと推認すべきであるから、かような重大な結果を招来する「笹田万蔵候補が選挙違反のかどで警察に連行された」との事実を、当時各選挙人に申し向けるに当つては、法治国民の一員として、当然その真否を確認すべきであり、また、これを確認するには、前記同候補の選挙事務所に聞き合わせるなどのことで、容易にこれを確認しえたにもかかわらず、同夜被告人が最初に右の事実を申し向けた前記瀬戸清治方において、同人から「そんなことはない」(証人瀬戸清治の当公判廷における供述)と、その真実に反し虚偽である旨を告げられても、なお、その挙に出でず、その後、あえて、これを引きつづき前段認定のその余の選挙人等に申し向けて歩いた事跡に徴すれば、被告人は、当時右事実の真実性について、多少の疑いをもちながら、すなわち、その事実の真実に反し虚偽であることについて、多少の認識をもちながら、前記宮崎正義候補のため投票の依頼をする念が急であつたため、あえて、これを前記各選挙人に申し向けるに至つたものであることを認めるに十分であるから、弁護人の右主張は失当であるといわなければならない。

右の理由によつて主文のとおり判決する。

(裁判官 上泉実)

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